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<検察庁>「応援」とは

検事は、検察官の職務を行うことができる官職です。

検察官の主な職務は、刑事裁判の提起(公訴提起・起訴)とその追行であり、公訴提起のために必要な捜査をすることもその職務の一つです。

通常は、検察官に刑事事件が配点され、その検察官が配点された刑事事件を処理しますので、1人の検察官が1つの事件を担当します。

ところが、被疑者が身柄拘束された事件については、起訴まで時間的制約があり、また、関係者多数の場合には捜査に人手が必要な事件もあります。このような事件を処理するために、1人の検察官だけではなく、他の検察官を補助に充てることもあります。この補助に当たることを「応援」といいます。

キャリアのない若い検察官にキャリアを積ませるために、教育的配慮として、経験豊富な検事を主任として、若い検察官を応援に充てることもよくあります。

一方、検察庁も組織であり、検察官は一体である(検察官一体の原則)とともに、上命下服の関係に立ちます。応援が必要かどうか、どの検察官にどの検察官を応援に充てるかは、上司にあたる検察官が判断することになります。ですから、同じ部内や小規模庁の場合は直近の上司の判断でできるのですが、部をまたいだり、別の庁と人員のやりとりをする場合には、さらにその上の上司の判断が必要となり、上級庁の上司の判断が必要になったりと、だんだん、話が大きくなっていくわけです。

同じ部内や小規模庁では意外と頻繁に応援をとったり、応援に回ったりしますので、そのような経験から先輩検事のやり方を学んだり、逆に、応援の検事をどのように使いこなすかなどを学んだりするわけです。そうして、チームとして行う捜査を学んでいき、経験を積んでいくのです。検察の花形である特捜部の事件を視野においていることは言うまでもありませんが、上司の厳しい目で見ると、応援を取る捜査を通じて、チームに適応する人物なのかどうかを選別し、その人物の評定につながるのです。応援事件は、事件自体、社会の耳目をひくことが多いのですが、内部的にも、検察官自身の将来に大きな影響を与えるものなのです。

私の経歴上、他庁・他部への応援を記載しています。同じ部内や小規模庁のときの応援については記載していませんが、かなりの頻度で応援に入りましたし、応援もいただきました。

最初の他庁への応援となった郡山支部への応援ですが、この時は、郡山支部勤務の検事が福島本庁に応援に行っており、郡山支部の検事が不在となったために、応援を命じられたものでした。いわば応援の応援でした。すると、私が当時勤務していた青森地検の検事が1人いなくなってしまうのですが、当時の青森地検は、検事が検事正、次席検事、三席検事、四番目、五番目と5人であり、副検事4人という体制でした。私は2年目の五番目の末席でしたので、いてもいなくても、という感じだったのでしょう。

東京地検公安部への応援は、当時30数名を一時に逮捕したという、当時としては珍しい公安事件があり、この事件への応援でした。

浦和地検刑事部の応援は、選挙違反の事件であり、関係者多数のため、応援に駆り出されたのでした。当時私は特別刑事部に所属しており、いわゆる警察2課の送致事件も担当していましたが、同じ2課事件でも選挙違反事件は刑事部に配点になっていました。また、特別刑事部では応援をとる立場にあり、刑事部では応援に回りましたので、同時期に両方の立場を経験したわけです。

仙台地検への応援は、当時、仙台地検特別刑事部が行っていた独自捜査事件(警察の送致事件ではなく、検察庁が捜査を初めから行うもの)に入ったものでした。当時私は秋田地検の三席検事であり、三席はその庁の現場の要なのですが、さまざまな事情があったのでしょう。