証人尋問と「カラマーゾフの兄弟」


証人尋問は、法廷の仕事に携わる法曹にとって、なかなか骨の折れる仕事である。
裁判における事実認定は、民事事件でも刑事事件でも証拠によって認定しなければならない建前になっており、その証拠として人の話を用いるときに、裁判で行われる手続が証人尋問である。

通常、裁判が行われる期日は、あらかじめ裁判所によって指定されており、その期日の中で証人尋問が行われるため、証人尋問には一発勝負の色合いがある。その限られた時間の中で、証明したい事実の証拠とするために人の話を聞くのであるが、「人の話」というのは、人の個性そのままであり、人によって千差万別、証明したい事実に辿りつくまでは骨が折れるのである。

また、尋問の順番としては、証明しようとする側からの主尋問がまず行われ、次に、証明させまいとする側からの反対尋問が行われる。証明させまいとする方法にはいくつかあるが、「証人はこう話している。しかし、その話は信用できない。」という方法を「弾劾する」という。

ところで、19世紀の帝政ロシア時代の有名な小説に、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」がある。この小説の終盤には、兄弟の長男であるドミートリによる殺人事件の裁判の様子が描かれている(原卓也訳「カラマーゾフの兄弟(下)」新潮文庫版372頁以下)。現代の日本の裁判に携わる者として、その裁判の様子は興味深いが、率直な感想は、その裁判で行われていることは、現代の日本の裁判の様子とほとんど変わらないのである。ドミートリの弁護人は辣腕のフェチュコーウィチ弁護士であるが、まさに目撃供述の弾劾を行っているのである。また、その手法も現代日本の裁判において行われているものと変わらない。