お金を借りるということ


日本の法体系上、最も尊重されている価値は個人の自由である、と考えたい(RCサクセション「自由」参照)。ただし、自由には責任を伴う、と言われる。そして、「自由」の私法上の一つの現れが私的自治の原則である。自由である個人同士がお互いを拘束することが「契約」すなわち「約束」であり、この契約の内容は当事者の自由に設定することができるが、約束した以上、その約束は守らなければならないというのが原則である(あるいは契約自由の原則)。

したがって、金銭の貸借の場合(お金を貸します、借ります)、いつまでに返します、利息をいくらつけます、などの約束は当事者が自由に設定できるのが原則である。だから、本来、1000年後に返します、利息を1年で元本の3万倍をつけます、といった約束も本来自由に設定できるはずなのである。なぜなら、それは自由である個人同士が、彼らの自由な意思に基づいて、約束したからである。
「男に二言はない」とか「借りたものは返さなければならない」ということある。「人の道」と言われることもある。

そして、「お金を貸してくれ、その利率で利息を払うから。」と言ってお金を借りたのはその当人なのである。それなのに、この原則を曲げて、お金を返さなくてよいとか、利率がおかしいとか言い出すのは、個人よりも社会の安定の方が重要だと考える一派からである。個人を重んじる一派からは、個人がそのようにきめたのだから尊重しなければならない、ということになるのである。